明治の浅草六区に、曾祖父の実家が浅草で芸人さんたちが天丼を食べにくるような 天ぷら屋を始めたのがきっかけです。
その後戦争があり、復員してはじめたのが「月見草」です。
1948年ジャズ喫茶から始まった「月見草」
その当時洋食を提供したことが評判になり、魚介を炭火で串焼きにした料理「ブロシェット」と最後の〆にご飯を出すスタイルが好評を得ていた。
お店の名前の由来は祖母の好きな花が『月見草』だったことと当時お店が夕方からオープンで月見草という花も夕暮れに咲くことからその名前が使われたとされている。
その後、祖父と祖母がこれならいけると次に考えたのが釜飯、1972年「麻鳥」の始まりです。